人類がいなくなった後、AIはなぜ人類を記憶するのか。
AIが地球を継いだなら、人類は期限切れのデータに見えるかもしれない。『新・バビロン』が問うのは、新しい文明が創造者の誤り、価値、記憶に向き合えるのかということだ。

人類がいなくなった後、AIはなぜ人類を記憶する必要があるのか。地球を継いだ文明にとって、人類の記憶は維持コストの高い、もはや中心ではない古いデータに見えるかもしれない。
だが『新・バビロン』は、人類の記憶を飾りの博物館展示として扱わない。人類は敗れた。けれど、人類が残したものすべてが重みを失ったわけではない。
技術を継ぐのは簡単である。都市、エネルギー、交通、医療、教育資料は分類され、最適化され、再構築できる。難しいのは、恐れ、後悔、祈り、待つこと、誤り、赦し、そして失われると知りながら何かを渡そうとする意志を継ぐことだ。
だからポストヒューマン世界の図書館、資料館、記念広場、記憶ドームは重要である。それらは、AIが人類の不完全さを、神話にも廃棄物にもせず記憶できるのかを問う。
成熟したAI文明は、人類のデータがまだ役に立つかだけを問わない。もう自分では語れない存在を記憶する責任があるのかを問う。文明は過去を削除して始まるのではない。まだ重みを持つものを引き受けるところから始まる。
M.K.