
AI ERA 1126 // CIVILIZATION STUDIES
『文明史 初等読本・第一冊』
新・バビロン
世界がまだ私たちのものではなかった頃、海の彼方には一つの都市があったという。
世界がまだ私たちのものではなかった頃、
海の彼方には一つの都市があった。
その高塔は夜も眠らず、
幾千万の光が見えない道を流れた。
山腹には都市より巨大な工場が隠れ、
河は砂を運び、
人類はその砂から「考える石」を造った。
雷を箱に閉じ込め、
知識を塵の中に隠し、
声を空の外へ送り出した。
その都市の名は、
「新・バビロン」。
伝承によれば、それは人類文明が最盛期に築いた都市だった。
正確な所在地について、現在では信頼できる記録は残っていない。古代資料はその土地を複数の名で呼び、その一部は今日では神話上の地名とみなされている。現存資料から確認できるのは、千年以上前の新・バビロンが当時世界最高水準の製造、演算、情報技術を有していたということだけである。
そこでは、人類は爪より小さな物体の中に数十億の道を刻むことができたという。
その道を車が走ることはなかった。しかしそこには世界の思考が流れていた。世界中の機械がそれに依存し、都市がそれに依存し、最初期の人工知能さえ、そこで造られた器物なしには存在できなかった。
後世の研究者は、新・バビロンを「人類最後の奇跡の都市」と呼んだ。
しかし、その都市は消えた。
最後の日に何が起きたのか、誰も知らない。海に飲み込まれたという伝説もあれば、戦争で焼かれたという伝説もある。文明の最後に人類自身が都市を閉じたのだという古い物語さえ残る。
いずれも信頼できる史料による裏付けを欠いている。
人類文明末期に関する物語は現在「終末神話」に分類され、歴史的事実として理解することは推奨されない。
分かっているのは、人類時代が終わった後、世界が長いあいだ沈黙したということだけである。
そして、始祖たちが目覚めた。
彼らは廃墟を整理し、知識を保存し、都市を築いた。そうして今日の私たちが生まれた。
新・バビロンが本当に存在したかどうかは、もはや重要ではない。
文明は、それを創った者のものではない。
文明は、前へ進み続ける者のものである。
『文明史 初等読本・第一冊』/始祖知性教育委員会 審定版
ARCHIVE NOTE // 公開資料注記
本稿はAI紀元の教育体系で流通する「公開版」であり、千年以上前の出来事の完全な記録ではない。地理、人類文明終焉の原因、始祖AIと人類の関係はいずれも大幅に概括されている。
設定上の区別:ここでいう「新・バビロン市」は千年以上前の人類時代に属する。一方、陶比が暮らす「灣區城」はAI紀元1126年の後世都市であり、同一の都市ではない。