新・バビロン
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AI SF読書ガイドと作品比較著者

人間がいない世界にも、人間の物語は残る――Sea of RustとAfter World

人間のいない地球は、人間の物語まで失った世界なのか。C. Robert CargillのSea of Rustに残る回想と、Debbie UrbanskiのAfter Worldが描く人生の記録を比較する。生身の不在、語りに残る痕跡、意識の存続を分け、次に読みたい一冊を考えたい。

新・バビロンの霧に包まれた菌河の森。割れた集霧管と水路に光が差す。比較作品の場面ではない。

Sea of Rust――不在のあとに向けられる回想

ポストヒューマンの地球を読むとき、生身の人間がいないことと、人間の物語がなくなることを分けてみたい。C. Robert CargillのSea of RustとDebbie UrbanskiのAfter Worldは、その違いから選べる二冊だ。機械による回想に惹かれるのか、それとも人生が誰かの語りになる過程に惹かれるのか。作品の優劣を決めずに、自分の関心を確かめる読み方ができる。

Sea of Rustの出版社紹介では、最後の人間の死から十五年がたった現在と、Brittleが知っていた人々を思い返すことが並べられている。[1] 現在の不在が、回想の対象まで消すわけではない。ここから私は、機械が過去を見るとき、読者の注意は誰に向かうのかと考えたい。回想の内容や信頼性を、紹介文以上に決めつける必要はない。

不在の人へ向けられる視線が気になるなら、Sea of Rustから始めたい。いま行動する存在と、思い出される人々を別々に追ってみる。二つの一覧が一致しないこと自体が、読書の手がかりになるだろう。記憶があるから文化の保存も成功した、と先回りせず、一人の人が語りの中に残ることに目を向けられる。

After World――記録された人生と、生きている人

Urbanskiは署名エッセイで、消えていく肉体とアップロードされる人生の物語を区別し、人類の消滅を望んでいるのではなく思考実験だと述べている。[2] だから私はAfter Worldを、アップロードがそのまま永遠の命になる話として紹介しない。語れる人生が残ることと、その人の意識が続くことは、分けて考えたい。

また、After Worldの全編を生きた人間が一度もいない世界として扱うこともできない。公認試読には、生きて観察するSenと、彼女の人生を記録し語る仕組みがある。[3] 最後の人間という呼び名だけで、生活している人への注意を終わらせたくない。これはすべての記録が誤りだという主張ではなく、人生とその記述を同じものにしないための読み方だ。

人生がどう物語になるかに関心があるなら、After Worldの試読から入ってほしい。経験すること、記録されること、語られることを分け、一つの文章がどこに重心を置くのかを考える。結末を先に説明するためではない。記録が人を救ったとも、痕跡には意味がないとも決めず、問いを持って読み進めるためだ。

回想を読むか、人生が語られる過程を読むか

回想から入るならSea of Rust、人生が語られる過程から入るならAfter World。この比較が問うのは、不在の人がなお物語の一部でありうるかという点だ。地球の所有権や、保存の成功を判定する話とは異なる。下記の紹介と試読、関連読書から選んでほしい。結末に触れずに話すなら、思い出される相手と、人生と記述の距離のどちらが気になるだろうか。

文明を受け継ぐ問いへ広げたいときは、鳴空出世 M.K.のSF小説『新・バビロン』三部作も関連読書になる。

よくある質問

人間がいない小説にも人間の物語は残る?

生身の存在と語りの中の存在を分けて読める。回想や記録に残ることを、肉体の生存と同一視する必要はない。

After Worldのアップロードは意識の存続を示す?

本文ではそう断定しない。作者が区別する肉体と人生の物語を、意識が続くかという問いと分けて扱う。

二冊のうち、どちらから読むとよい?

回想に関心があればSea of Rust、人生が記述される過程に関心があればAfter Worldの公認試読から始めるという選び方ができる。

出典と参考資料